ちゃんと小麦の味がするクレープ
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意外と知られていない”小麦王国”フクオカへ。
まだ5月下旬だというのに、ジリジリと暑い日差し。
一面に広がる金色の畑では、小麦の収穫が最盛期を迎えていました。
私は麦畑の農道で、ただただコンバインが麦を収穫する様子を眺めていました。
刈り取られた小麦は束になって機械に吸い込まれていき、大量の粒になっていきます。
お菓子づくりに欠かせない小麦。
福岡県が、実は北海道に続く日本第2位の小麦生産地だということは、
意外に知られていないようです。
特に生産量が多い八女地区の小麦は、雨が多い土地柄ということもあって、
北海道産のものに比べて粘り気が少ないのが特徴。
ふっくら膨らませるパンよりも、お菓子づくりに向いていると感じます。
もちろん福岡県産と北海道産では、味が全然違う!
お菓子づくりに使う素材は、
できるだけその生産現場に足を運んでから選びたいと思っています。
一つの素材が出来上がるまでの現場に立ち会うことは、
私のお菓子づくりには欠かせないプロセスです。
そこに携わる人たちの想いを、お菓子を通して発信していくのも、私の役目。
いま目の前にある、この大地とつながった小麦を、どんな風に美味しくしようか?
麦畑でワクワクしている自分がいました。
江戸時代から小麦を挽く田中さんに会いにいく。
今回、小麦畑に案内してくれたのは、
江戸時代中期から続く「田中製粉有限会社」の8代目・田中宏輔さん。
田中製粉さんは、240有余年にも渡って福岡県産の小麦粉にこだわり、
八女の地で製粉業を営まれています。
今回は特別に田中さんのご案内で、製粉工場を見学させてもらいました。
まず驚いたのが、工場の製粉機が木製だということ!
白い粉をかぶった木の機械からは、不思議なぬくもりを感じました。
昭和40年頃までは、大人の背丈の3倍くらいある巨大な水車が、この工場内にあったそう。
今では水力で小麦を挽いていた形跡はわずかに残るのみだけど、
製粉の過程では昔ながらの石臼を使っているそうです。
細かい粒子が舞い、柔かい光に包まれた工場で、
田中さん一家が代々手掛けてきた製粉の話を聞きました。
大地から離れた小麦が、美味しい小麦粉になる理由が、沢山詰まっていました。
田中製粉有限会社さんのHP
“ひっかかり”が個性。そこに惹かれる。
私が田中さんの小麦粉を選ぶ理由。
それは、小麦の味がしっかりするから。
あきらかに他の小麦と比べて、小麦の風味が強いんです。
その秘密は“ひっかかり”だと思っています。
小麦粉をふるいにかけた時、田中さんの小麦は粒子の大きさにバラつきがあって、
底にひっかかってしまう粉の塊があるんです。
私はこの“ひっかかり”を、素敵な“個性”だと感じています。
このバラつきがあるから、フワッとした小麦の香りと味わいが保たれているんじゃないかな。
田中さんに聞いてみると、
「うちは製粉の過程で石臼を使っているから、粒子の大きさにバラつきがでます。
小麦粉の風味が強いは、このためかもしれません」
と答えが返ってきました。
機械で挽くと粒子が均一になり、大量に小麦を挽くことができるけど、
熱を持ちやすいのが欠点。
石臼で挽くと熱を持ちにくいので、小麦の風味が保たれます。
でも、ゆっくり少しずつしか小麦を挽くことができません。
この「ゆっくり、少しずつ」が大切なんだと思う。
田中さんの小麦の個性は、ここから生まれてきました。
生産の現場では、いろんな発見があるんです。
ガレージでクレープづくり!主役は“田中さんの小麦粉”
次は場所を移して、なんと田中さん家のガレージへ!?
車をどかしてもらい、テーブルを用意してお菓子づくりを始めました。
他と食べ比べてみてもはっきり分かる、田中さんの小麦粉。
この風味を活かしたくて今回選んだお菓子は、「クレープ」でした。
小さなフライパンをバターで潤し、田中さんの小麦粉でつくった生地を薄く伸ばしていきます。
クレープを焼くなんていつぶりだろう?
自分が製粉した小麦粉が生地になって焼かれている様子を見て、
田中さんも不思議な気分だったかもしれません。しかも自宅のガレージだし(笑)
繰り返し何枚も焼いたクレープの生地に、
生クリームを重ねて、季節のフルーツをトッピング。
もっちりしたクレープ生地とまろやかな生クリームの組み合わせを、
フルーツの酸味が引き締めます。
生産者さんとのガレージ・スイーツ・パーティは、予想以上に盛り上がりました。
お菓子ありきじゃないという、プレッシャー。
薄らと黄身がかっている田中さんの小麦粉。
一般的に好まれるのは真っ白な粉なので、他の大手製粉会社はこぞって白い粉をつくります。
でも田中さんの製粉工場では、粉を白くすることをしないので、
灰分(かいぶん・食物繊維やミネラル)が高く、薄い色がついています。
この灰分の高さも、田中さんの小麦粉が香り高く、味わい深い理由です。
この田中さんの小麦粉を活かしたい。
そう思った時に思いついたのは、焼き菓子をつくることでした。
クッキーやスコーン、パウンドケーキやパイ、ガレット・デ・ロワもいいかもしれません。
塩やバニラ、バターを合わせるような、シンプルな味わいのお菓子ほど、
田中さんの小麦粉の風味が生きてきます。
今回は、ただただ小麦粉を引き立てることを意識しました。
「今回はクレープをつくります」
からスタートするんじゃなく、
「小麦粉を活かしたいから、クレープをつくります」
というのが、私の発想の原点です。
素材を活かすためには、焼くのか、煮るのか、それとも生なのか。
そこから考えて、行きつく先にお菓子があります。
正直、つくるお菓子を決めて素材を探した方が楽です。
お菓子づくりを素材から発想するのは結構、難しい。
でもあえて展開を逆にして、自分にプレッシャーをかけてみるんです。
これをやれるのは、これまでずっと生産者さんと関わってきて、
素材と向き合ってきた私の強みなのかもしれません。
自分で素材を選び、生産者に会いにいく時代。
もう始まっていると思います。
私たちのような料理家だけではなく、一般の方たちが自分の意志で素材を選んでいく流れが。
素材の先には生産者さんがいて、実際に生産者さんに会ってみたいと思う人たちが増えてきています。
生産者さんの“つくる姿勢”や人柄を知って、
信頼関係のなかで素材を選ぶことが、これからの主流になるはずです。
私のお菓子づくりの“仲間”といえる素晴らしい生産者さん達が、
ますます活躍できる時代がくることを願っています。