bona voyage

スイーツプランナー山口真理の
おいしいで笑顔をつくる旅綴り
ボナ・ボヤージュ

ちゃんと小麦の味がするクレープ

JOURNAL | update_

意外と知られていない”小麦王国”フクオカへ。

まだ5月下旬だというのに、ジリジリと暑い日差し。
一面に広がる金色の畑では、小麦の収穫が最盛期を迎えていました。
私は麦畑の農道で、ただただコンバインが麦を収穫する様子を眺めていました。
刈り取られた小麦は束になって機械に吸い込まれていき、大量の粒になっていきます。

k01
k02

お菓子づくりに欠かせない小麦。

福岡県が、実は北海道に続く日本第2位の小麦生産地だということは、
意外に知られていないようです。
特に生産量が多い八女地区の小麦は、雨が多い土地柄ということもあって、
北海道産のものに比べて粘り気が少ないのが特徴。
ふっくら膨らませるパンよりも、お菓子づくりに向いていると感じます。
もちろん福岡県産と北海道産では、味が全然違う!

お菓子づくりに使う素材は、
できるだけその生産現場に足を運んでから選びたいと思っています。
一つの素材が出来上がるまでの現場に立ち会うことは、
私のお菓子づくりには欠かせないプロセスです。
そこに携わる人たちの想いを、お菓子を通して発信していくのも、私の役目。
いま目の前にある、この大地とつながった小麦を、どんな風に美味しくしようか?
麦畑でワクワクしている自分がいました。

k03

江戸時代から小麦を挽く田中さんに会いにいく。

今回、小麦畑に案内してくれたのは、
江戸時代中期から続く「田中製粉有限会社」の8代目・田中宏輔さん。
田中製粉さんは、240有余年にも渡って福岡県産の小麦粉にこだわり、
八女の地で製粉業を営まれています。
今回は特別に田中さんのご案内で、製粉工場を見学させてもらいました。

k07

まず驚いたのが、工場の製粉機が木製だということ!
白い粉をかぶった木の機械からは、不思議なぬくもりを感じました。
昭和40年頃までは、大人の背丈の3倍くらいある巨大な水車が、この工場内にあったそう。
今では水力で小麦を挽いていた形跡はわずかに残るのみだけど、
製粉の過程では昔ながらの石臼を使っているそうです。

k04
k05
k06

細かい粒子が舞い、柔かい光に包まれた工場で、
田中さん一家が代々手掛けてきた製粉の話を聞きました。
大地から離れた小麦が、美味しい小麦粉になる理由が、沢山詰まっていました。
田中製粉有限会社さんのHP

“ひっかかり”が個性。そこに惹かれる。

私が田中さんの小麦粉を選ぶ理由。
それは、小麦の味がしっかりするから。
あきらかに他の小麦と比べて、小麦の風味が強いんです。
その秘密は“ひっかかり”だと思っています。

小麦粉をふるいにかけた時、田中さんの小麦は粒子の大きさにバラつきがあって、
底にひっかかってしまう粉の塊があるんです。
私はこの“ひっかかり”を、素敵な“個性”だと感じています。
このバラつきがあるから、フワッとした小麦の香りと味わいが保たれているんじゃないかな。

k08
k09

田中さんに聞いてみると、
「うちは製粉の過程で石臼を使っているから、粒子の大きさにバラつきがでます。
小麦粉の風味が強いは、このためかもしれません」
と答えが返ってきました。
機械で挽くと粒子が均一になり、大量に小麦を挽くことができるけど、
熱を持ちやすいのが欠点。
石臼で挽くと熱を持ちにくいので、小麦の風味が保たれます。
でも、ゆっくり少しずつしか小麦を挽くことができません。

この「ゆっくり、少しずつ」が大切なんだと思う。
田中さんの小麦の個性は、ここから生まれてきました。
生産の現場では、いろんな発見があるんです。

ガレージでクレープづくり!主役は“田中さんの小麦粉”

次は場所を移して、なんと田中さん家のガレージへ!?
車をどかしてもらい、テーブルを用意してお菓子づくりを始めました。

k10
k11
k12

他と食べ比べてみてもはっきり分かる、田中さんの小麦粉。
この風味を活かしたくて今回選んだお菓子は、「クレープ」でした。
小さなフライパンをバターで潤し、田中さんの小麦粉でつくった生地を薄く伸ばしていきます。
クレープを焼くなんていつぶりだろう?
自分が製粉した小麦粉が生地になって焼かれている様子を見て、
田中さんも不思議な気分だったかもしれません。しかも自宅のガレージだし(笑)

k13

繰り返し何枚も焼いたクレープの生地に、
生クリームを重ねて、季節のフルーツをトッピング。
もっちりしたクレープ生地とまろやかな生クリームの組み合わせを、
フルーツの酸味が引き締めます。
生産者さんとのガレージ・スイーツ・パーティは、予想以上に盛り上がりました。

お菓子ありきじゃないという、プレッシャー。

薄らと黄身がかっている田中さんの小麦粉。
一般的に好まれるのは真っ白な粉なので、他の大手製粉会社はこぞって白い粉をつくります。
でも田中さんの製粉工場では、粉を白くすることをしないので、
灰分(かいぶん・食物繊維やミネラル)が高く、薄い色がついています。
この灰分の高さも、田中さんの小麦粉が香り高く、味わい深い理由です。

この田中さんの小麦粉を活かしたい。
そう思った時に思いついたのは、焼き菓子をつくることでした。
クッキーやスコーン、パウンドケーキやパイ、ガレット・デ・ロワもいいかもしれません。
塩やバニラ、バターを合わせるような、シンプルな味わいのお菓子ほど、
田中さんの小麦粉の風味が生きてきます。
今回は、ただただ小麦粉を引き立てることを意識しました。

k14

「今回はクレープをつくります」
からスタートするんじゃなく、
「小麦粉を活かしたいから、クレープをつくります」
というのが、私の発想の原点です。

素材を活かすためには、焼くのか、煮るのか、それとも生なのか。
そこから考えて、行きつく先にお菓子があります。
正直、つくるお菓子を決めて素材を探した方が楽です。
お菓子づくりを素材から発想するのは結構、難しい。
でもあえて展開を逆にして、自分にプレッシャーをかけてみるんです。
これをやれるのは、これまでずっと生産者さんと関わってきて、
素材と向き合ってきた私の強みなのかもしれません。

自分で素材を選び、生産者に会いにいく時代。

もう始まっていると思います。
私たちのような料理家だけではなく、一般の方たちが自分の意志で素材を選んでいく流れが。
素材の先には生産者さんがいて、実際に生産者さんに会ってみたいと思う人たちが増えてきています。
生産者さんの“つくる姿勢”や人柄を知って、
信頼関係のなかで素材を選ぶことが、これからの主流になるはずです。
私のお菓子づくりの“仲間”といえる素晴らしい生産者さん達が、
ますます活躍できる時代がくることを願っています。

甘い甘いトマトのデコレーションケーキ

JOURNAL | update_

うきは百姓組 とまと農家石井 敦士さん

今日おじゃましたのは、筑後のうきは市でトマト農家をしているまっか農園の石井敦士さん。
彼は、地元の若手農家さんたちと「うきは百姓組」というユニットを組んで、
農にまつわる情報発信をしたり、
イベントを企画し地域を盛り上げながら自分たちの食材を知っていただく活動をしています。
うきは百姓組の大きな特徴は、メンバー全員がみんな野菜ソムリエの資格を持っていること。
もちろん石井さんもそうです。
代々トマトを育ててきた農家さんならではのノウハウに加えて、
石井さん自身のセンスや野菜ソムリエとしての知識が生かされたトマトは、
私のお気に入りです。

0520

きれいなハウスの、甘いトマト

石井さんがトマトを育てているハウスの中は、
すっきりと清潔感のある空間が広がっています。
淡いグリーンのトマトの木が並んでいて、とても爽やかな雰囲気。
「蜂がブンブン飛んでいるけど、刺したりしないので大丈夫ですよ」。
と石井さんが言うように、ここでは蜂がトマト畑を飛び回って、
受粉をする仕事を担っています。
薬剤で受粉することもできるけど、それだと外皮からトマトが大きくなるらしく、
蜂が受粉してトマトの内側から大きくなるものとは違う仕上がりになるようなのです。

0544

0551

石井さんがつくるトマトの中でも、私がよく取り寄せるのが「ミディトマト」です。
赤、黄色、紫のミディトマトがつくられていますが、紫ってちょっと珍しいですね。
でも、他の色のトマトとはまた違う甘みや旨みがあって、これはこれで面白い。
出始めの12月頃は酸味が強いけど、4月から5月の頃には甘味が出てきます。

そんなカラフルなトマトを眺めながら、ハウスを歩いてみる。
葡萄みたいに鈴なりになったトマトをちぎって、そのままかじってみる。
気を付けないと服に飛び散ってしまうほど、
パーンと張ったトマトの中からは勢いよく果汁が飛び出してきます。

やっぱり、甘い。

石井さんのトマトは甘いんです。
スーパーのトマトと比べたら全く違う甘さ。
だから私も、思わず飛び出してくる果汁のように、
「このトマトからどんなスイーツをつくろうか?」という気持ちがどんどん湧いてきます。

0573

味がダメなときは、ナシ

石井さんのトマトはシーズン中、かなりの頻度で使います。
12月中旬の発売から5月末まで繰り返し取り寄せていて、特に3月から4月は多いです。
でも石井さん、味がダメなときは送ってこない。だから信用できる。

「トマトは基本的に花が良くないとダメ。
花が咲いた時点でどんな実になるかもう決まっているから、
花が咲く前から手を入れないと遅いんですよね」。

0558

石井さんはそう言って、ハウス内の環境やトマトの状態をみながら、
毎日水やりの調節をします。
繊細な変化に対応するために、全自動の機械ができることを、
あえて時間をかけて人の手でやっていく。
そういう積み重ねが、石井さんのトマトを甘く美味しく育てていくのでしょう。

そして話題は、無農薬・有機農法の話に。

石井さんのトマトは無農薬や有機栽培ではありません。
ただ私がスイーツを作るときには、安全性や健康のことを考えることも
プランニングの1つにはありますが、その前に念頭に置きたいのが「美味しい食材」です。

「美味しければ何をしてもいい、ということではないけど」と前置きをおいて、
石井さんは語ります。
「農薬を使わないで育てた農作物は、
自分の身を外敵から守るために外皮を硬くします。
それはあまり美味しくないかもしれないですね」

無農薬・有機は素晴らしいと思います。
でも世の中にはそれ以外にもいい食材があることも多々あり、
そんな食材たちと出会っていきたい。
料理家にとっては「美味しい」ことが評価されるということなので、
「美味しい」素材を選ぶことはとっても大切です。
石井さんはそれを分かってくれる人だから、信頼できます。

まさかの、ジュ―サー登場!

0607

そして今日は、私からのサプライズ。
ジュ―サーをハウスに持ち込んで、もぎたてトマトをジュースで飲んでみます。
「ハウスの中で、そんなことするのは初めてです!」という石井さんに、
どんぶり皿を借りて、今採ってきたトマトを入れてざぶざぶと水洗い。
「どれだけ飲むの!?」というくらい、ジューサーにトマトを詰め込み、
仕上げは蜂蜜とレモン汁で。

0600

0614

「できた!」
石井さんのハウス初!トマトのフレッシュジュース。
自然な淡い赤の色あいと、少し果肉を感じるくらいの食感を楽しみます。
トマトの酸味が程よく、フレッシュさが際立つジュースです。

0619

0625

一緒に飲んだ石井さんは、「次回のイベントで取り入れようかな」と前向き。
「どうやって消費者から選んでもらうか、というところまで僕たち農家は考えるべきですね。
消費者側もどんな人がつくっているのかを知って選ぶべきだと思う。
一番いいのは、生産者と消費者が顔を合わせて直接つながることですよね」。

石井さんから送られてくるトマトには、毎回手書きのお手紙が一緒に入ってきます。
小さいことだけど、生産者と消費者がダイレクトにつながっている感じって、
こういうところから始まるようなような気がする。
これからはそうやって農業自体が広がればいいと思うし、
そういう意味でも、石井さんのトマトを応援したいです。

0771

生産者さんのリアクション

「真理さんと出会うまでは、トマトがスイーツになる発想がなかった。
料理に使う野菜のイメージでしかなかったから、案外スイーツにできちゃうんだ!
とビックリしました」。石井さんはそう言ってくれます。
素材を知り尽くした生産者さんを驚かすことができたら、私の中では「やったー!」
という感じです。「本当にできるの?」と疑われるのも面白い。
今あるイメージから、全く新しいものをつくるのが私の仕事だと思っています。

今日つくるのは、まさにそんなスイーツ。
石井さんのトマトを活かした、デコレーションケーキ。

0745

スポンジの間に黄色と紫のミディトマト、甘い生クリームを重ねていきます。
トマトには砂糖は合わないというけど、そんなことはないです。
甘いのが苦手なら、生クリームにサワークリームを混ぜると、
酸味があって食べやすくなります。

0755

そうして、表面を生クリームでデコレーション。赤と黄色のミディを並べます。
紫のトマトは色味が悪いので中に入れましたが、
季節が温かくなると甘くなって美味しいです。
イチゴの赤はビビッドだけど、トマトの赤はまた違っていい感じ。
夏場にはスイーツに合うフルーツが少なくなるから、トマトを使うのはアリです。

0778

「この素材をどうるすか?」
生産者さんから直に買う時は、そこから先に考えます。
石井さんのトマトは甘いから、あまり火を加えない方がいいというのが私の結果論。
冬は皮が厚いけど、春はやわらかくなるから湯むきはしません。
そうやってできたスイーツは、いい意味で生産者さんを驚かせます。

IMG_6880

使えない概念を、外す

一般的にスイーツでトマトを使う場合は、甘みのあるミニトマトを使って、ゼリーやジャムがつくられることが多いです。
でも、私はあえてそれはせず、ミディトマトをイチゴのように使ったロールケーキを作ってみたり、
ガトーショコラにトマトを乗せたりしています。

0808

実際に今日つくったトマトのデコレーションケーキもそう。
生クリームと砂糖のまろやかな甘さと、トマトの酸味とのバランスがちょうど良くて、
味にコントラストがあるから、食べていても飽きません。

「トマトは料理にしか使えない」と断言したら、トマトの可能性を狭めることになります。
同じように「ケーキに納豆は使えない」といった概念も外す。
今までにないものを創っていくのが、スイーツプランニングです。

IMG_6881

IMG_6892

ケーキを楽しんでもらいたい。
ワクワクしてほしい。
だからユーモアがあるものにしたい。

ただし、チャレンジし過ぎて微妙な味になるのはちょっと違います。
食べる時の「あっ!」という限界は超えないようにする。
「美味しい」は外せない絶対条件です。
そして「美味しい」は人それぞれだけど、私は最終的に自分の中の「美味しい」を信じてスイーツをつくります。

スイーツを通して不可能を可能にする。
それによって素材を使う幅が広がって、生産者さんへの需要も増える。
この循環を編み出すのが、スイーツプランナーとしての私の役目だと思っています。

完熟したいちじく アップサイドダウンケーキ

JOURNAL | update_

i00

「美味しい」を眺める、引き出す。

褐色の実を割ると現れる、ルビーとクリーム色のコントラスト。甘い果汁をたっぷり含んだ繊維が、柔らかく口の中でとろける・・・秋スイーツの定番「いちじく」の季節が終わろうとしています。(8月の上旬から、11月の中旬まで)スイーツでは焼き菓子やタルト、セミドライの状態で使うイメージのいちじくですが、一つの食材をいろいろな方向から眺めて、それぞれの角度から美味しさを引き出すのも料理家のつとめ。今回は、時期が終る頃の完熟したいちじくの、とろりとした甘みを活かしたお菓子をつくりました。手に入れたいちじくの個性ありきで、辿り着いたスイーツです。

i01

美味しさのストーリーを感じる意味。

私はスイーツプランナーという仕事を通じて、その食材が誕生した地にできるだけ足を運ぶようにしています。農作物だったら収穫時期はもちろん、まだまだ収穫にはほど遠い閑散とした畑にも足を運びます。時々農家さんの手伝いをさせてもらいながら、土のついた作物に触れ、いとおしそうに仕事に取り組む姿を見て、直接話を聞く。この農作物がどんな風に育てられているのか、また農家さん達がどんな想いで育てているのかというストーリーにふれた時、そこから美味しさの可能性が広がると同時に、この美味しさをこんな風に皆さんに届けたい。というスイーツを生み出すためのインスピレーションが生まれてくるのです。

i02

美味しいスイーツを生み出す仲間。

今回使ったいちじくは、粕屋郡新宮町にある「いわくま果樹園」のものです。いわくま果樹園の岩隈研司さんは「かすやグンジーズ」という農家グループを結成していて、消費者との交流に積極的に行いながら、農業や粕屋郡の魅力を伝える活動をしています。
雨が多い、少ない、暑い、寒い。今年の年は去年の年とは全く違う。
岩隈さんは、天候による農作物の出来を予測し、出荷前の水分管理などでコンディションの微調整をするなど最善を尽くしてくれます。
私は、仕入れ先の生産者さんたちは、多くの人が喜ぶ美味しいスイーツを生み出す仲間だと考えています。求める味や食感を備えた農作物がそこにある、ということが第一条件ですが、美味しいものを届けたいと願う農家さんの人柄や農作物への想いも、私のスイーツづくりにとって、とても大切なことなのです。岩隈さんはスイーツにした時の美味しさを想定した農作物づくりができる、心強い仲間です。

i03

自分から外に出て、消費者と繋がる農家

実は岩隈さん、農業の素晴らしさや町の素敵さを知ってもらうために、
イベントへの出店も積極的に行っています。
つい先日行われたのが、福岡市薬院にある雑貨とカフェの店「BBB POTTERS」での街頭販売。街の風景にみかんのオレンジ色が映えていて、沢山の人が立ち止まっていました。

bbb01

口に入れたお客さんからは「甘い」「美味しい」の声が。
本当に美味しい果物は、それだけでスイーツなんですね。
岩隈さんは、目の前で自作の果物を食べるお客さんを見て多くのことを学ぶでしょう。
そして、お客さんも作り手が見えることで、手に取った果実がさらに美味しく感じられるはずです。
「消費者とコミュニケーションを大切にしたい」という岩隈さんを、多くのお客さんが取り囲みます。
熱い想いと、育てたものの確かさが人々を惹きつける。
「ORANGE」というTシャツの文字も、愛される岩隈さんの人柄を表わしていますね。

いわくま果樹園 (福岡・新宮町)
HP : http://iwakumakajuen.jugem.jp/

bbb02

「美味しい」が人と人をつなぐ。

スイーツを食べてくれた人が「美味しい」と感じてくれる。それはイコール、スイーツの材料となる食材をつくった生産者さんが、認められたということになります。「美味しい」を通じて人と人が見えないところでつながるって素敵ですよね。私は繋ぐパイプ役であり、さらに輝かせる役だと思っています。岩隈さんの場合は、つくっているいちじくが美味しいと認められると、いちじくの生産量を増やすことができます。また、いちじくの生産を通じて多くの消費者とつながることができるから、農業の素晴らしさや自分たちが農業をやっている街の魅力を伝えやすくなるんです。味覚でいう「美味しさ」は、食べる人にとっても生産者にとっても「オイシイ」現実を生み出す力があります。もちろん私も、そんなプラスの循環の中に存在できれば嬉しいです。

i04

個性をちゃんと見てあげる。

イチジクはたくさんの種類があり、いわくま果樹園では2種類のイチジクを育ててます。
ひとつは大きくて甘さ控えめ、酸味もある「桝井ドーフィン」、そしてもうひとつは小さくてジューシー、甘みたっぷりの「とよみつひめ」です。スーパーでは一括りに「いちじく」として並べられていることもありますが、見た目の違いはもちろん、口当たりのやわらかさや甘み、水分の多さなどが全く違います。それに加えて、農作物は生産された環境や保存の仕方で、熟れ具合や味の濃さ、香りの強さなど大きく変わってくるのです。
今回は、お菓子づくりに適した水分の少ない「桝井ドーフィン」のいちじく。時期が終る頃の完熟したものを使うので、しっかりと焼き込んだケーキをつくりました。熟したいちじくならではのやわらかい食感と、濃厚な甘さを活かしています。同じ食材でも、それぞれの個性をどう活かのすかが、美味しさのポイントです。

i05

美味しくて楽しいスイーツを。

今回つくったのは、「いちじくのアップサイドダウンケーキ」。アメリカのお母さんが、自宅で手作りしてきた家庭菓子です。パインナップルやリンゴ、プラムを使うことが多いケーキですが、今回はいちじくを使ってつくってみました。
サワークリームにいちじくを混ぜ込んで、じっくりと焼き込んでいきます。ケーキを裏返した時に、厚めに入れたバターがじわ~っと溶け出して、濃厚な風味がケーキ全体に染み込んでいくのがたまりません。

仕上げは、ケーキの上に生のいちじくのスライスを。食欲をそそるバターの香りに包まれながら、熱々のケーキの中でとろりと溶けるいちじくと、フレッシュで瑞々しいいちじく、どちらの美味しさも楽しめるケーキです。

出来上がり時には「できたーーー!」と声をあげて一番に自分が喜んでしまう私。踊って飛び跳ねてつまみ食いして。こんなスイーツとの日々をじっくり観察されたら、少しおかしい人に思えるかもしれません。

私は、斬心的なスイーツを作るのが好きです。遊び心も大切です。そしてそのうえで、「美味しい!」と言ってもらえるスイーツを作りたい。スイーツを考案するときは、スイーツを楽しむことしか頭にありません。周りには一切目を向けない。それがベストな状態でできるのは、スイーツに関わる人たちの心が一緒にいてくれるからです。スイーツが完成したときに、すべての人に喜びが生まれること、それが私の本望なのです。

i06

© 2015 Mari Ymaguchi