bona voyage

スイーツプランナー山口真理の
おいしいで笑顔をつくる旅綴り
ボナ・ボヤージュ

完熟したいちじく アップサイドダウンケーキ

JOURNAL | update_

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「美味しい」を眺める、引き出す。

褐色の実を割ると現れる、ルビーとクリーム色のコントラスト。甘い果汁をたっぷり含んだ繊維が、柔らかく口の中でとろける・・・秋スイーツの定番「いちじく」の季節が終わろうとしています。(8月の上旬から、11月の中旬まで)スイーツでは焼き菓子やタルト、セミドライの状態で使うイメージのいちじくですが、一つの食材をいろいろな方向から眺めて、それぞれの角度から美味しさを引き出すのも料理家のつとめ。今回は、時期が終る頃の完熟したいちじくの、とろりとした甘みを活かしたお菓子をつくりました。手に入れたいちじくの個性ありきで、辿り着いたスイーツです。

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美味しさのストーリーを感じる意味。

私はスイーツプランナーという仕事を通じて、その食材が誕生した地にできるだけ足を運ぶようにしています。農作物だったら収穫時期はもちろん、まだまだ収穫にはほど遠い閑散とした畑にも足を運びます。時々農家さんの手伝いをさせてもらいながら、土のついた作物に触れ、いとおしそうに仕事に取り組む姿を見て、直接話を聞く。この農作物がどんな風に育てられているのか、また農家さん達がどんな想いで育てているのかというストーリーにふれた時、そこから美味しさの可能性が広がると同時に、この美味しさをこんな風に皆さんに届けたい。というスイーツを生み出すためのインスピレーションが生まれてくるのです。

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美味しいスイーツを生み出す仲間。

今回使ったいちじくは、粕屋郡新宮町にある「いわくま果樹園」のものです。いわくま果樹園の岩隈研司さんは「かすやグンジーズ」という農家グループを結成していて、消費者との交流に積極的に行いながら、農業や粕屋郡の魅力を伝える活動をしています。
雨が多い、少ない、暑い、寒い。今年の年は去年の年とは全く違う。
岩隈さんは、天候による農作物の出来を予測し、出荷前の水分管理などでコンディションの微調整をするなど最善を尽くしてくれます。
私は、仕入れ先の生産者さんたちは、多くの人が喜ぶ美味しいスイーツを生み出す仲間だと考えています。求める味や食感を備えた農作物がそこにある、ということが第一条件ですが、美味しいものを届けたいと願う農家さんの人柄や農作物への想いも、私のスイーツづくりにとって、とても大切なことなのです。岩隈さんはスイーツにした時の美味しさを想定した農作物づくりができる、心強い仲間です。

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自分から外に出て、消費者と繋がる農家

実は岩隈さん、農業の素晴らしさや町の素敵さを知ってもらうために、
イベントへの出店も積極的に行っています。
つい先日行われたのが、福岡市薬院にある雑貨とカフェの店「BBB POTTERS」での街頭販売。街の風景にみかんのオレンジ色が映えていて、沢山の人が立ち止まっていました。

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口に入れたお客さんからは「甘い」「美味しい」の声が。
本当に美味しい果物は、それだけでスイーツなんですね。
岩隈さんは、目の前で自作の果物を食べるお客さんを見て多くのことを学ぶでしょう。
そして、お客さんも作り手が見えることで、手に取った果実がさらに美味しく感じられるはずです。
「消費者とコミュニケーションを大切にしたい」という岩隈さんを、多くのお客さんが取り囲みます。
熱い想いと、育てたものの確かさが人々を惹きつける。
「ORANGE」というTシャツの文字も、愛される岩隈さんの人柄を表わしていますね。

いわくま果樹園 (福岡・新宮町)
HP : http://iwakumakajuen.jugem.jp/

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「美味しい」が人と人をつなぐ。

スイーツを食べてくれた人が「美味しい」と感じてくれる。それはイコール、スイーツの材料となる食材をつくった生産者さんが、認められたということになります。「美味しい」を通じて人と人が見えないところでつながるって素敵ですよね。私は繋ぐパイプ役であり、さらに輝かせる役だと思っています。岩隈さんの場合は、つくっているいちじくが美味しいと認められると、いちじくの生産量を増やすことができます。また、いちじくの生産を通じて多くの消費者とつながることができるから、農業の素晴らしさや自分たちが農業をやっている街の魅力を伝えやすくなるんです。味覚でいう「美味しさ」は、食べる人にとっても生産者にとっても「オイシイ」現実を生み出す力があります。もちろん私も、そんなプラスの循環の中に存在できれば嬉しいです。

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個性をちゃんと見てあげる。

イチジクはたくさんの種類があり、いわくま果樹園では2種類のイチジクを育ててます。
ひとつは大きくて甘さ控えめ、酸味もある「桝井ドーフィン」、そしてもうひとつは小さくてジューシー、甘みたっぷりの「とよみつひめ」です。スーパーでは一括りに「いちじく」として並べられていることもありますが、見た目の違いはもちろん、口当たりのやわらかさや甘み、水分の多さなどが全く違います。それに加えて、農作物は生産された環境や保存の仕方で、熟れ具合や味の濃さ、香りの強さなど大きく変わってくるのです。
今回は、お菓子づくりに適した水分の少ない「桝井ドーフィン」のいちじく。時期が終る頃の完熟したものを使うので、しっかりと焼き込んだケーキをつくりました。熟したいちじくならではのやわらかい食感と、濃厚な甘さを活かしています。同じ食材でも、それぞれの個性をどう活かのすかが、美味しさのポイントです。

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美味しくて楽しいスイーツを。

今回つくったのは、「いちじくのアップサイドダウンケーキ」。アメリカのお母さんが、自宅で手作りしてきた家庭菓子です。パインナップルやリンゴ、プラムを使うことが多いケーキですが、今回はいちじくを使ってつくってみました。
サワークリームにいちじくを混ぜ込んで、じっくりと焼き込んでいきます。ケーキを裏返した時に、厚めに入れたバターがじわ~っと溶け出して、濃厚な風味がケーキ全体に染み込んでいくのがたまりません。

仕上げは、ケーキの上に生のいちじくのスライスを。食欲をそそるバターの香りに包まれながら、熱々のケーキの中でとろりと溶けるいちじくと、フレッシュで瑞々しいいちじく、どちらの美味しさも楽しめるケーキです。

出来上がり時には「できたーーー!」と声をあげて一番に自分が喜んでしまう私。踊って飛び跳ねてつまみ食いして。こんなスイーツとの日々をじっくり観察されたら、少しおかしい人に思えるかもしれません。

私は、斬心的なスイーツを作るのが好きです。遊び心も大切です。そしてそのうえで、「美味しい!」と言ってもらえるスイーツを作りたい。スイーツを考案するときは、スイーツを楽しむことしか頭にありません。周りには一切目を向けない。それがベストな状態でできるのは、スイーツに関わる人たちの心が一緒にいてくれるからです。スイーツが完成したときに、すべての人に喜びが生まれること、それが私の本望なのです。

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© 2015 Mari Ymaguchi